企業アセット活用 社会課題解決ビジネス設計ポイント
はじめに:自社アセットが社会課題解決ビジネスの源泉となる可能性
多くの企業、特に大手企業は、長年の事業活動を通じて独自の技術、広範なインフラ、多様な専門知識を持つ人材、強固な顧客基盤やサプライチェーン、信頼されるブランドなど、様々な「アセット」を蓄積しています。これらのアセットは、既存事業を支える基盤であると同時に、新たな成長ドライバーとなりうる社会課題解決ビジネスの強力な源泉となり得ます。
しかし、既存事業の論理では評価されにくいアセットの潜在的な価値を掘り起こし、それを社会課題解決という新たな文脈でビジネスとして成立させるには、独自の視点と設計のアプローチが求められます。本記事では、企業が持つアセットを起点に、持続可能な社会課題解決ビジネスをいかに設計するか、その実践的なポイントを解説します。
企業が持つアセットの種類と社会課題解決への適用可能性
企業アセットは多岐にわたりますが、社会課題解決ビジネスの文脈で特に重要となるものを以下に挙げます。これらのアセットが、どのような社会課題に対してどのような貢献をなし得るか、具体的な例を交えて考察します。
- 技術・知見:
- 例:AI、IoT、バイオ技術、新素材、データ解析能力、特定の製造ノウハウなど。
- 適用可能性:高齢者の見守り(IoT)、環境汚染物質の検出・分解(バイオ・新素材)、災害予測(データ解析)、効率的な資源循環(製造ノウハウ)など。
- インフラ・設備:
- 例:物流網、店舗・拠点ネットワーク、データセンター、工場、研究施設、遊休地など。
- 適用可能性:過疎地域への配送支援(物流網)、地域住民の交流拠点(店舗)、教育機関への計算資源提供(データセンター)、再生可能エネルギー発電(遊休地)など。
- 人材・組織力:
- 例:特定の専門スキルを持つ人材、多様なバックグラウンドを持つ従業員、プロジェクト推進力、ブランド力、組織文化など。
- 適用可能性:プロボノを通じたNPO支援(専門スキル)、ダイバーシティ推進を通じた雇用創出(多様な人材)、社会課題解決イニシアティブの推進(組織力)、消費者行動変容を促す啓発活動(ブランド力)など。
- ネットワーク・関係性:
- 例:サプライヤー、顧客、地域コミュニティ、業界団体、研究機関との関係など。
- 適用可能性:サプライチェーン全体での環境負荷低減(サプライヤー)、顧客参加型社会貢献プログラム(顧客)、地域課題解決プロジェクト(地域コミュニティ)、共同研究によるブレークスルー(研究機関)など。
- データ:
- 例:購買データ、移動データ、生産データ、気象データ、健康データなど(個人情報に配慮した形での活用)。
- 適用可能性:高齢者の孤独・健康問題の早期発見(購買・移動データ)、都市交通渋滞の緩和(移動データ)、農業生産性の向上(気象・生産データ)、感染症流行予測(健康データ)など。
これらのアセットを既存事業のレンズではなく、「社会課題解決」という新たなレンズを通して見直すことが、アセット起点でのシーズ発掘の第一歩となります。
アセット起点での社会課題解決ビジネスシーズ発掘プロセス
自社アセットから社会課題解決ビジネスのシーズを発掘するためには、体系的なプロセスが有効です。
- アセットの「社会価値」視点での棚卸しと再定義:
- 既存事業における役割や収益貢献度とは切り離し、それぞれの技術、インフラ、人材などが、社会や環境に対してどのようなポジティブな影響を与えうるか、その潜在的な可能性を洗い出します。
- 例:「物流網」は単にモノを運ぶ機能だけでなく、「地理的制約のある人々へサービスを届ける力」「災害時に物資を供給する力」として再定義できます。
- アセットと社会課題のマッピング:
- 棚卸しで洗い出したアセットの潜在的社会価値と、現在の社会課題トレンドを照合し、どのようなアセットがどの課題解決に貢献できそうか、可能性のある組み合わせを探索します。
- 社会課題のリストアップには、SDGsや政府の政策課題、地域社会の具体的な困りごとなどを参考にすると良いでしょう。
- アセットと課題を一覧化したマッピング表を作成し、関連性の高い組み合わせを可視化することも有効です。
- アイデア創出とコンセプト化:
- マッピングで浮かび上がった組み合わせをもとに、具体的なビジネスアイデアを自由に発想します。この段階では、既存事業の制約や収益性の懸念にとらわれすぎず、ブレインストーミングやワークショップ形式で多様なアイデアを引き出すことが重要です。
- 異部署のメンバーや、外部の社会課題専門家、NPO、大学研究者などを巻き込むことで、より斬新で実現性の高いアイデアが生まれることがあります。
- 発想したアイデアの中から、特に有望なものをいくつか選び、ターゲットとなる社会課題、提供する価値、アセットの活用方法、想定される受益者などを明確にしたコンセプトを定義します。
- アイデアの初期評価と絞り込み:
- コンセプト化されたアイデアについて、以下のような観点から初期評価を行い、優先順位付けや絞り込みを行います。
- 社会インパクト: 解決しようとする社会課題の重要性、期待される社会的な変化の大きさ。
- アセット適合性: 活用するアセットがそのアイデアの核となりうるか、そのアセットの強みが活かせるか。
- 実現可能性: 技術的な実行可能性、必要な社内外リソースの有無、法規制など。
- 事業性: 収益モデルの蓋然性、市場規模(社会課題解決市場)、競争環境。
- 既存事業とのシナジー/カニバリゼーション: 既存事業との連携によるメリットや、逆に悪影響がないか。
- コンセプト化されたアイデアについて、以下のような観点から初期評価を行い、優先順位付けや絞り込みを行います。
アセット活用型ビジネスモデル設計のポイント
有望なシーズが絞り込めたら、具体的なビジネスモデルの設計に進みます。アセット活用型のビジネスモデル設計では、経済的価値と社会的価値の両立、そしてアセットの最適な活用方法が鍵となります。ビジネスモデルキャンバスなどを活用し、以下の要素を明確にしていきます。
- 価値提案(Value Proposition):
- ターゲット顧客/受益者に対して、アセット活用を通じてどのようなユニークな社会的価値と経済的価値を提供するのかを明確にします。アセットがあるからこそ実現できる価値は何かを強調します。
- キーアセット(Key Assets):
- このビジネスモデルの核となる自社アセットは何かを特定します。そのアセットが競争優位性や模倣困難性を生み出す源泉となりうるかを検討します。
- キーアクティビティ(Key Activities):
- 価値提案を実現するために不可欠な主要な活動は何か? その活動において、どのようにアセットを活用するのかを具体的に記述します。例:特定の技術を活用したサービス運用、物流網を活用した地域連携など。
- パートナー(Partnerships):
- アセット単独では解決できない課題に対して、外部パートナー(NPO、自治体、大学、スタートアップなど)との連携が必要か検討します。外部パートナーのアセットや知見をどのように組み合わせるか、連携のスキームを設計します。
- コスト構造(Cost Structure)と収益の流れ(Revenue Streams):
- アセットの活用にかかるコスト(維持費、改修費、運用費など)と、創出される収益(サービス利用料、ライセンス料、補助金など)を予測します。社会的価値創出が経済的持続性につながるメカニズム(CSVモデル)を構築できるかが重要です。
- 社会インパクト測定(Social Impact Measurement):
- そのアセット活用ビジネスがどのような社会課題に、どの程度貢献するのか、測定可能な指標(KPI)を設定します。これは社内外への説明責任を果たす上で不可欠です。
アセット活用ビジネス推進における障壁と克服策
アセット活用型の新規事業は、既存事業とは異なる性質を持つため、社内外で様々な障壁に直面する可能性があります。
- 社内理解の醸成:
- 既存事業部門からの反発(カニバリゼーション懸念、アセットの用途変更への抵抗)、経営層からの短期的な収益への疑問などが考えられます。
- 克服策: アセット活用の長期的な戦略的位置づけ、新たな市場開拓の可能性、企業イメージ向上などの非財務的価値を論理的に説明し、共通理解を図ることが重要です。パイロットプロジェクトで小さな成功事例を示すことも有効です。
- 既存組織との連携・調整:
- アセットを管理・運用している既存事業部門との連携は不可欠ですが、部門間の優先順位の違いや文化的な壁が存在することがあります。
- 克服策: 経営層のコミットメントを得た上で、担当部門と早期から密に連携し、共通の目標設定や役割分担を明確にします。アセット活用が既存部門にもたらすメリット(新たな知見、技術活用機会など)を強調します。
- アセット固有のリスク管理:
- 技術的な陳腐化、インフラの老朽化、ブランドイメージへの影響など、アセット活用固有のリスクが存在します。
- 克服策: リスク評価を適切に行い、リスク軽減策をビジネス設計に織り込みます。特にブランドへの影響については、社会課題解決への真摯な姿勢を示すことで、逆にブランド価値を高める機会と捉えることも可能です。
まとめ:アセットを社会価値創造のエンジンへ
企業が持つアセットは、単なるコストセンターや既存事業の道具ではなく、社会課題解決という新たな価値創造の強力なエンジンとなり得ます。本記事で解説したように、自社アセットを社会価値創造の視点で見直し、体系的なプロセスを経てビジネスとして設計することで、経済的な持続可能性と社会的なインパクトを両立する新規事業を生み出すことが可能です。
アセット活用型ビジネスの設計においては、社内外の関係者を巻き込み、異なる視点を取り入れることが成功の鍵となります。ぜひ、貴社のアセットが持つ「社会的な力」に光を当て、未来を拓く新たなビジネスの創出に挑戦してください。