大手企業発 社会課題解決事業推進 社内連携・調整の勘所
はじめに
近年、企業が社会課題解決を起点としたビジネスに取り組む動きが加速しています。特に大手企業においては、豊富なリソースや専門知識、広範なネットワークを活かし、より大きな社会的・経済的インパクトを生み出す可能性を秘めています。しかし、組織規模が大きいゆえの課題も存在します。その一つが、社内における部門間の連携と調整です。
新規事業開発部門が中心となって社会課題解決事業を進める際、研究開発部門、営業部門、CSR部門、法務部門、広報部門など、多様な部門との連携は避けて通れません。それぞれの部門が持つ知見やリソースは事業成功の鍵となりますが、組織構造や既存業務の優先順位、部門ごとの文化の違いなどから、連携や調整が難航することも少なくありません。
本稿では、大手企業において社会課題解決事業をスムーズに推進するために不可欠な、社内連携と調整の「勘所」について解説します。
なぜ大手企業で社内連携・調整が重要なのか
大手企業において社会課題解決事業を推進する際に社内連携・調整が特に重要となる理由は多岐にわたります。
- 専門性とリソースの分散: 大手企業は各部門が高度な専門性を持ち、それぞれが固有のリソース(技術、顧客基盤、ノウハウ、予算など)を管理しています。社会課題解決事業は多くの場合、既存事業の枠を超えた多角的なアプローチが必要となるため、これらの分散した専門性とリソースを統合的に活用することが不可欠です。
- 複雑な組織構造と承認プロセス: 階層が多く、意思決定プロセスが複雑な場合が多いです。新規事業を進めるには、複数の部門長の承認や関係部署の合意形成が必要となり、連携・調整が不十分だと手続きが滞る原因となります。
- 既存事業との兼ね合い: 社会課題解決事業が既存の事業領域と重複したり、新たな責任やリスクを生じさせたりする場合、既存事業部門との慎重な調整が必要です。Win-Winの関係を築くための対話が求められます。
- リスク管理とコンプライアンス: 新しい取り組みには未知のリスクが伴います。法務、リスク管理、CSRなど関連部門との連携を通じて、事業が社会的要請や法規制、自社の倫理規準に適合していることを確認し、潜在的なリスクを事前に特定・軽減する必要があります。
- 多様なステークホルダーへの説明責任: 企業が社会課題解決に取り組むことは、株主だけでなく、従業員、顧客、地域社会など、多様なステークホルダーからの注目を集めます。社内連携が取れていないと、情報発信に一貫性がなくなり、ステークホルダーからの信頼を損なう可能性があります。広報やCSR部門との連携による戦略的な情報共有が重要です。
これらの理由から、単に事業アイデアが良いだけでなく、社内の壁を越えて関係部門を巻き込み、合意形成を図るプロセス自体が、事業の実現性と持続可能性を高める上で極めて重要となります。
社内連携・調整が必要となる主なフェーズ
社会課題解決事業の企画・推進プロセスにおいて、特に社内連携・調整が鍵となるフェーズは以下の通りです。
- 企画・アイデア創出フェーズ:
- 異なる部門の視点や知見(技術シーズ、顧客ニーズ、現場課題、CSR戦略など)を取り込み、より多角的で実現性の高いアイデアを創出します。
- 初期段階から関連部門の意見を聞くことで、後々の手戻りを防ぎ、協力的な姿勢を引き出します。
- 事業計画策定・承認フェーズ:
- 事業計画の妥当性を高めるため、技術的な実現性(研究開発)、市場性・顧客獲得(営業・マーケティング)、財務計画(経理・財務)、法的な課題(法務)など、各部門の専門的なレビューと承認を得ます。
- 特に経営層への説明においては、単一部門からの提案ではなく、全社的なコンセンサスが取れていることを示すことが承認を得る上で有利に働きます。
- 実行・パイロットフェーズ:
- 実際の事業運営において、各部門が持つ機能(製造、物流、販売、サポートなど)の支援や連携が不可欠となります。
- パイロットプロジェクトの実施場所や対象顧客、使用する既存リソースなどについて、関係部門との調整が求められます。
- 効果測定・報告フェーズ:
- 事業の社会インパクトと経済的リターン(CSV)を適切に評価・測定するため、データ収集や分析において関連部門(CSR、広報、経理、システムなど)の協力が必要です。
- 社内外への報告においても、情報の正確性や伝達方法について広報・CSR部門などと連携し、一貫したメッセージを発信します。
部門連携を円滑に進めるための実践ステップとポイント
社内連携・調整を成功させるためには、計画的かつ継続的な取り組みが必要です。以下のステップとポイントが参考になります。
- 早期の関係者特定と巻き込み:
- 事業構想の初期段階から、関わる可能性のある全ての部門や担当者を特定します。
- 正式な会議や説明会だけでなく、非公式な情報交換や個別相談を重ね、事業への理解と関心を高める働きかけを行います。早期に「我が事」として捉えてもらうことが重要です。
- 共通理解とビジョンの共有:
- なぜこの社会課題に取り組み、どのような事業を通じて解決を目指すのか、その背景にある社会的な意義や企業戦略上の位置づけを丁寧に説明します。
- 各部門の担当者にとってのメリット(例: 新技術の応用機会、新たな顧客層の開拓、企業イメージ向上など)を具体的に伝え、協力する動機付けを行います。
- 役割と責任の明確化:
- 連携する各部門に期待する役割、提供を依頼したいリソース、具体的な貢献内容を明確に定義します。
- 責任範囲があいまいだと、後々トラブルの原因となります。プロジェクト体制図や役割分担表(RACIチャートなど)を作成し、関係者間で共有することが有効です。
- オープンなコミュニケーションチャネルの構築:
- 定期的な進捗報告会、情報共有のための共通プラットフォーム(社内SNS、情報共有ツールなど)、気軽に相談できる窓口などを設置します。
- 懸念事項や異論が出た場合でも、否定せず傾聴し、対話を通じて解決策を探る姿勢が信頼関係を築きます。
- 合意形成プロセスの設計と実行:
- 重要な意思決定が必要となるポイントをあらかじめ特定し、どのようなプロセスで合意を形成するか(会議、個別調整、部門代表者会議など)を関係者と共有します。
- 合意が得られた内容は議事録などで記録し、全員が同じ認識を持てるようにします。
- 経営層への適切な報告連携:
- 連携状況や課題、各部門からの支援状況などについても、経営層への報告に含めます。
- 経営層からの関心や期待が高いことを伝えることで、関係部門の協力を得やすくなる場合があります。また、経営層が部門間の調整をサポートしてくれることも期待できます。
事例に学ぶ社内連携の工夫(架空事例)
ある大手製造業A社が、廃プラスチック問題解決に向けたアップサイクル素材を活用した新規事業を企画した際の社内連携事例を考えます。
新規事業開発部門は、研究開発部門と連携し、独自のアップサイクル技術の実用化可能性を探りました。同時に、資材調達部門には廃プラスチックの安定供給ルートの確保について、製造部門には新素材に対応した生産ラインの検討を依頼しました。
企画初期段階で各部門のキーパーソンを集めた非公式なランチミーティングを重ね、事業のビジョンや社会的な意義を共有しました。研究開発部門からは技術的な課題とブレークスルーの可能性が、資材調達部門からは多様な供給源確保に向けたアイデアが、製造部門からは既存ライン改修のコストと代替案が提示されました。
これらの情報を持ち寄り、毎週開催される「社会課題解決WG(ワーキンググループ)」で議論を深めました。WGには関係各部門から担当者が参加し、進捗共有、課題検討、部門間の宿題確認を行いました。法務部門には新素材の知的財産権や規制対応について、広報部門には事業の社会的な意義をどのように発信すべきかについて、初期段階から意見を求めました。
特に製造部門との連携では、新素材導入による生産効率への懸念が示されました。これに対し、新規事業開発部門は研究開発部門と協力し、小規模な試作ラインを製造部門内に設置することを提案。これにより、製造部門は実際のオペレーションを通じて課題を具体的に把握し、懸念点を解消しながら前向きに協力する姿勢へと変化しました。
このように、早期からの非公式な関係構築、共通の議論の場の設定、各部門の懸念に寄り添った具体的な解決策の提示が、円滑な社内連携と事業推進の鍵となりました。
まとめ
大手企業における社会課題解決事業の推進において、社内連携と調整は成功のための必須要件です。部門間の壁を越え、組織全体の知見とリソースを結集することで、事業の実現性、持続可能性、そして生み出すインパクトを最大化することができます。
新規事業開発部門は、自部門の役割だけでなく、オーケストラの指揮者のように、各部門の強みを引き出し、全体の調和を取りながら事業を推進していく視点が求められます。早期からの関係構築、丁寧なコミュニケーション、共通理解の醸成、そして課題に対する粘り強い調整を通じて、社内を強力な推進力に変えていくことが、社会課題解決ビジネスを成功に導くための重要な「勘所」と言えるでしょう。