社会課題解決ビジネス 多様な人材によるチーム組成の勘所
社会課題解決ビジネスにおけるチーム組成の重要性
企業が社会課題解決ビジネスを推進する際、多様なバックグラウンドを持つ人材で構成されるチームの組成は、その成功を左右する重要な要素となります。社会課題は複雑で多岐にわたり、一つの部署や限られた専門性だけで解決できるものではありません。社内外の多様な知見や経験を結集することで、課題の本質を多角的に捉え、より効果的で持続可能なソリューションを生み出すことが可能になります。
しかし、異なる組織文化、価値観、専門用語を持つ人々が共に働くことには、様々な難しさも伴います。目的意識のずれ、コミュニケーションの壁、意思決定の遅延などが生じやすく、チームの機能不全に陥るリスクも存在します。本稿では、社会課題解決ビジネスにおける多様性チームの組成と運営に焦点を当て、その勘所を実践的な視点から解説します。
なぜ多様な人材によるチームが必要なのか
社会課題解決ビジネスの特質は、その対象が社会全体や特定のコミュニティに及び、関係者が多岐にわたる点にあります。この複雑な環境下で成果を出すためには、以下のような理由から多様な人材によるチームが必要とされます。
- 課題の多面的な理解: 社会課題は経済的側面だけでなく、社会的、文化的、環境的側面など、様々な要因が絡み合っています。多様な専門性を持つメンバー(例: ビジネス開発、技術、社会学、地域活動、行政実務など)が集まることで、課題の全体像を深く理解できます。
- 革新的なアイデア創出: 異なる視点や思考プロセスを持つメンバー間の交流は、既存の枠にとらわれない創造的なアイデアを生み出す原動力となります。特に、ビジネスロジックだけでなく、社会的な受容性や倫理性といった側面も考慮したソリューション開発には、多様な価値観が不可欠です。
- ステークホルダーとの信頼構築: 社会課題解決事業は、受益者、NPO、行政、地域住民、専門家など、多様なステークホルダーとの連携が不可欠です。それぞれのステークホルダーとの間に信頼関係を構築するには、チーム内に多様なネットワークやコミュニケーションスタイルを持つメンバーがいることが有効です。
- 事業の持続可能性確保: 経済的リターンと社会的インパクトの両立を目指すCSV(共通価値の創造)型ビジネスでは、収益性確保のためのビジネススキルと、社会への貢献度を高めるための社会課題への深い理解・実践経験が必要です。これらをバランス良く持ち合わせたチーム体制が、事業の持続可能性を高めます。
多様性チーム組成・運営における主な課題
多様な人材が集まるチームは大きな可能性を秘める一方、特有の課題に直面しやすい性質があります。
- 目的意識・価値観の相違: 企業内の営利を追求する文化と、NPOの非営利・社会貢献優先の文化、行政の公平性・手続き重視の文化など、組織や背景による目的意識や価値観の違いが、チーム内の摩擦や方向性のずれを生むことがあります。
- コミュニケーションの壁: 専門用語、コミュニケーションスタイル、情報共有の頻度や方法など、バックグラウンドの違いから生じるコミュニケーションの齟齬は、誤解や不信感につながりかねません。
- 意思決定プロセスの複雑化: 多様な意見がある中で合意形成を図るには、より多くの時間と丁寧な対話が必要です。迅速な意思決定が求められる場面でボトルネックとなる可能性があります。
- 役割分担と責任範囲の曖昧さ: これまで共に働いた経験のないメンバー間で、誰が何をどこまで担当するのか、責任の境界線が不明確になりやすいです。
- 社内からの理解と協力: 多様な外部人材との連携や、既存の社内プロセスから外れる新しい働き方に対して、社内の他の部署や経営層から十分な理解や協力を得られない場合があります。
成功に導く多様性チーム組成・運営の勘所
これらの課題を乗り越え、多様な人材によるチームを成功に導くためには、いくつかの重要なポイントがあります。
1. 明確な共通目的とパーパスの設定
チームメンバー全員が、何のために集まり、どのような社会課題を解決し、どのような未来を目指すのか、という共通の目的とパーパスを深く理解し、腹落ちしていることが基盤となります。企業側のビジネス目標(経済的リターン)と、社会課題解決目標(社会的インパクト)を統合し、両立を目指すという強い意志と具体的な目標を共有することが不可欠です。ワークショップ形式で議論を深め、チームの「憲章」のようなものを作成することも有効です。
2. 相互理解とリスペクトの醸成
異なるバックグラウンドを持つメンバーが、互いの専門性、経験、価値観、働く上での制約などを理解し、尊重する文化を醸成することが重要です。チームビルディング研修、定期的な1対1の対話、各自の経験や考えを共有する機会(例: 自己紹介セッション、経験談の語り合い)を設けることで、心理的安全性の高い環境を作り出すことができます。
3. 効果的なコミュニケーション設計とファシリテーション
オープンで透明性の高い情報共有の仕組みを構築します。定例会議の目的とアジェンダを明確にし、全員が意見を言いやすい雰囲気を作る工夫が必要です。特に多様なメンバーが集まる場では、議論を整理し、参加者の意見を引き出し、合意形成をサポートするファシリテーターの存在が非常に重要になります。また、専門用語の使用を避けたり、意図が正確に伝わるように丁寧に言葉を選んだりするなど、異文化コミュニケーションへの配慮も忘れてはなりません。
4. 柔軟な役割分担と貢献機会の最大化
rigidな組織構造ではなく、プロジェクトの進行状況やメンバーの強みに応じて柔軟に役割を調整できる体制が望ましいです。各メンバーが持つユニークなスキルやネットワークを最大限に活かせるようなタスク割り当てを検討します。また、役割の大小に関わらず、全てのメンバーがチームの目標達成に貢献しているという実感を持てるように、定期的に貢献を称賛し合う機会を設けることも有効です。
5. 共通言語とフレームワークの活用
多様な専門分野から集まったメンバー間での認識齟齬を防ぐため、プロジェクト管理ツール、コミュニケーションツール、データ共有プラットフォームなどを導入し、情報へのアクセスと共有方法を標準化します。また、社会課題分析、ビジネスモデル設計、効果測定などの共通のフレームワーク(例: ロジックモデル、ビジネスモデルキャンバス、theory of changeなど)を学ぶ機会を設け、議論の土台となる共通言語を構築することも有効です。
6. 社内への橋渡しと支援体制の構築
多様なチームは社内の既存組織から見ると特殊な存在に映る場合があります。チームリーダーは、経営層や関係部署に対して、チームの目的、活動内容、進捗、そしてなぜ多様な人材が必要なのかを丁寧に説明し、理解と協力を得るための橋渡し役を担う必要があります。社内リソース(予算、人材、施設、既存の顧客基盤など)を活用するためにも、社内での強力な支援体制を築くことが不可欠です。稟議資料作成においては、経済的側面だけでなく、社会的インパクトや企業イメージ向上、従業員エンゲージメント向上といった多様な価値を論理的に説明することが説得力を高めます。
実践事例(仮):B社による高齢者向け地域見守りサービス事業チーム
ある大手食品メーカーB社が、地域包括ケアシステムの推進に貢献するため、高齢者の安否確認と孤立防止を目的とした新規事業を立ち上げた事例です。新規事業開発部の担当者が中心となり、チームを組成しました。
チームメンバーは、社内の営業担当者(地域ネットワーク)、商品開発担当者(高齢者のニーズ理解)、CSR担当者(社会貢献ノウハウ)に加え、地域の社会福祉協議会職員(高齢者の現状と課題に関する専門知識)、NPO法人職員(地域での活動経験と信頼関係)、IT企業エンジニア(見守りシステム開発)、そして事業の受益者となる高齢者コミュニティの代表者といった多様な顔ぶれでした。
当初、企業側の「効率的な事業運営」と、社会福祉協議会やNPO側の「一人ひとりに寄り添う手厚い支援」という価値観の衝突がありました。また、ITエンジニアの技術用語や、福祉専門職の業界用語が飛び交い、共通理解が進まない課題も発生しました。
このチームは、以下の取り組みによってこれらの課題を乗り越えました。
- 共通目標の再定義: 単なる「見守り」ではなく、「高齢者の孤立を防ぎ、地域での生きがいを共に創る」という、より人間中心で包括的なパーパスをチーム全員で議論し、言語化しました。経済的目標と社会的目標を並記したロードマップを作成し、常に参照しました。
- 「フィールドワーク」の実施: 全員で定期的に高齢者の自宅や地域の集会所を訪問し、サービスを利用する高齢者やそのご家族、地域のケアマネージャーなど、多様な関係者の「生の声」を聞く機会を設けました。これにより、机上では得られない相互理解と共感が生まれました。
- 専門用語の翻訳役と議事録の工夫: 会議では、各分野の専門用語が出た際に、チーム内で互いに平易な言葉で補足説明する役割を自然と担うようになりました。また、議事録には決定事項だけでなく、それぞれのメンバーの意見や背景にある考え方、懸念点なども記録し、後から参照できるようにしました。
- 役割と責任の明確化と共有: 各メンバーの強み(例: 営業担当者の交渉力、NPO職員の現場対応力)を活かした役割分担を明確にし、タスク管理ツール上で進捗を共有しました。小さな成功体験をチーム全体で祝い、互いの貢献を認め合いました。
- 社内報告のストーリー性: 経営層への報告時には、単なる数字だけでなく、実際にサービスを利用した高齢者の喜びの声や、地域コミュニティの変化といった「ストーリー」を盛り込みました。これにより、事業の社会的な意義が伝わりやすくなり、社内での応援者が増えました。
結果として、このチームは互いの違いを強みとして活かし、当初の計画を上回るスピードでサービスを展開し、地域での信頼を獲得しました。経済的にも自走可能なビジネスモデルを構築し、B社の新たな成長ドライバーの一つとなっています。
まとめ:多様性を力に変える
社会課題解決ビジネスの推進において、多様な人材によるチーム組成は避けられない、むしろ積極的に取り組むべき挑戦です。異なる視点や専門性は、事業の成功確度を高める強力な武器となります。チーム組成段階での明確な目的設定、メンバー間の相互理解促進、効果的なコミュニケーション設計、そして社内外への丁寧な説明と連携が、多様なチームを機能させ、そのポテンシャルを最大限に引き出すための重要な勘所となります。
大手企業が持つ豊富なリソースと、NPOや行政、地域コミュニティが持つ現場の知見や信頼関係を掛け合わせる多様性チームは、社会課題解決とビジネス成長を両立させるCSVを実践する上で、非常に有効な組織形態と言えるでしょう。本稿で述べたポイントが、皆様のチーム組成・運営の一助となれば幸いです。