社会課題解決ビジネス 大手企業内 既存部門巻き込みの勘所
大手企業における社会課題解決ビジネス推進の壁
大手企業が社会課題解決ビジネスを推進する際、外部との連携と同様に、社内、特に既存事業部門との連携と協力をいかに得るかが重要な課題となります。新規事業開発部門が立案した革新的なアイデアも、既存の組織体制や文化、評価制度といった内部要因によって、その実行が阻まれるケースは少なくありません。社会課題解決という、必ずしも短期的な収益に直結しない、あるいは既存事業とは異なるKPIを持つ可能性のある事業においては、この社内調整の難易度が一層高まる傾向にあります。
既存部門との円滑な連携なくして、人、モノ、情報、技術、販路といった大手企業が持つ豊富なリソースを活用することは困難です。これらのアセットこそが、社会課題解決ビジネスのスケールアップや持続可能性に不可欠であるため、既存部門をいかにビジネスの「共創者」として巻き込めるかが、成功の鍵を握ります。
既存事業部門との連携が不可欠な理由
社会課題解決ビジネスを大手企業で成功させるためには、既存事業部門との連携は避けて通れません。その理由は多岐にわたりますが、主に以下の点が挙げられます。
- リソース活用: 既存部門は長年培ってきた技術、設備、人材、顧客基盤、物流網といった事業アセットを保有しています。これらを新規の社会課題解決ビジネスに応用できれば、ゼロから立ち上げるよりも遥かに効率的かつ大規模な展開が可能になります。
- 専門知識・経験: 特定の市場や技術、業務プロセスに関する深い知識や経験は、既存部門に蓄積されています。これらの知見は、事業の実現可能性を高め、予期せぬリスクを回避する上で非常に役立ちます。
- 信頼性・信用: 既存事業が築いてきたブランド力や市場での信用は、新たなビジネス、特に社会課題解決のように不確実性の高い領域において、顧客や外部ステークホルダーからの信頼を得る上で強力な後ろ盾となります。
- 社内理解・推進力: 既存部門の協力を得ることで、事業が組織全体の中で「自分事」として捉えられやすくなります。これにより、経営層を含む社内全体の理解が深まり、承認プロセスがスムーズになったり、推進体制を強化したりすることが期待できます。
一方で、既存部門には既存事業の目標達成や日々の業務があり、新規事業、特に社会課題解決といった領域への協力には抵抗がある場合があります。これは、評価制度、短期的な視点、未知のリスクへの懸念、あるいは単純に情報不足やコミュニケーション不足に起因することが多いのです。
既存部門を巻き込むための戦略的アプローチ
既存事業部門を単なるリソース提供者ではなく、社会課題解決ビジネスの推進に協力的な共創者へと変えるためには、戦略的なアプローチが必要です。以下に、その勘所となるポイントを解説します。
1. 共通目的・ビジョンの共有と腹落ちの促進
新規事業部門だけが熱意を持っていても、既存部門にその意義や目的が伝わらなければ協力は得られません。社会課題解決がなぜ重要なのか、そしてその事業が自社にとって(そして既存部門にとって)どのような意味を持つのかを、繰り返し、多角的に伝える必要があります。
- 社会課題の現状と重要性: 解決しようとしている社会課題がどれほど深刻で、なぜ今取り組むべきなのかを具体的なデータや現場の声と共に共有します。
- 自社のパーパス・経営戦略との紐づけ: 事業が自社の経営理念や長期ビジョン、CSV(Creating Shared Value: 共有価値の創造)戦略にいかに貢献するのかを明確に説明します。経営層からの強力なメッセージも有効です。
- 既存部門へのメリット提示: 新規事業が既存部門にもたらしうるメリット(例: 新技術の応用機会、新たな顧客層の獲得、部門の技術力やノウハウの新たな活用方法、社員のモチベーション向上、ブランド価値向上)を具体的に示します。
2. 早期からの情報共有と連携機会の創出
企画の初期段階から既存部門に情報共有を行い、意見交換の機会を設けることが重要です。後から協力を依頼するのではなく、企画段階から「共に考える」「意見を聞く」姿勢を見せることで、主体的な関与を促します。
- ワークショップ・勉強会の実施: 社会課題や新規事業のテーマに関する社内ワークショップや勉強会を開催し、既存部門のメンバーがテーマに触れ、理解を深める機会を作ります。
- 非公式な対話: ランチミーティングや部署横断の交流イベントなどを活用し、非公式な場で気軽に情報交換や相談ができる関係性を構築します。
- プロトタイプ・検証への招待: 事業のプロトタイプ開発や初期検証の段階で、既存部門のメンバーをテストユーザーやアドバイザーとして巻き込みます。自分たちの意見が反映されることで、当事者意識が芽生えます。
3. 協力体制・役割分担の明確化と「Win-Win」の関係構築
協力をお願いする際には、既存部門にとって過度な負担にならないよう配慮が必要です。どのような形で、どの程度のリソースや時間を協力してほしいのかを具体的に提示し、その協力が既存部門自身の目標達成にも貢献する「Win-Win」の関係を構築します。
- 協力内容の具体化: 「〇〇に関する専門知識を月1時間のミーティングで共有いただきたい」「△△技術のテスト環境を提供いただきたい」のように、具体的な協力内容と時間的・物理的な負担を明確に伝えます。
- 既存部門の目標への貢献: 協力を通じて新規事業が既存部門の技術開発、人材育成、研究開発、ブランドイメージ向上といった目標にどう貢献できるかを論理的に説明します。
- 小さな成功体験の共有: 既存部門の協力を得て生まれた小さな成功(例: 検証での良い結果、顧客からのポジティブな反応)を迅速に共有し、貢献を可視化します。
4. 経営層のサポートと評価・インセンティブの検討
経営層からの強力なサポートは、既存部門が新規事業に協力する上での重要な推進力となります。また、新規事業への貢献を既存部門の評価に反映させる仕組みや、何らかのインセンティブを検討することも有効です。
- 経営層からのメッセージ: 経営層が全社に対して、社会課題解決ビジネスの重要性や既存部門への協力の必要性を明確に発信します。
- 社内表彰制度: 社会課題解決ビジネスへの貢献を評価する社内表彰制度の導入を検討します。
- 評価制度への反映: 新規事業への貢献度合いを、既存部門や個人の業績評価項目に含める可能性を探ります。ただし、既存事業の成果を圧迫しないよう慎重な設計が必要です。
5. コミュニケーション能力と人間関係構築
結局のところ、人と人との関係性が重要です。新規事業開発担当者には、既存部門のメンバーとの信頼関係を構築し、彼らの立場や課題を理解しようとする姿勢が求められます。
- 相手の視点を理解: 既存部門が何に困っているのか、どのような目標を持っているのかを理解し、共感する姿勢が重要です。
- 丁寧な説明と感謝の意: 協力をお願いする際には、丁寧な説明と、協力に対する感謝の意を常に伝えます。
- 根気強い対話: 一度の説明で全てが理解されるわけではありません。根気強く、誠実な対話を続けることが重要です。
事例に学ぶ:既存部門連携による成功(仮事例)
ある大手製造業A社は、社会課題である「過疎地の物流課題」を解決するため、ドローンを活用した配送事業を新規事業として立ち上げようとしました。しかし、社内の既存物流部門からは「リスクが高い」「既存の配送網を阻害する」「コストがかかる」といった懸念が示され、協力を得るのに苦慮しました。
新規事業チームは、既存物流部門の懸念点を丁寧にヒアリングし、リスク低減策やコスト効率化の提案を行うと共に、以下の取り組みを行いました。
- 共通理解の促進: ドローン配送が将来の物流ネットワークを補完し、新たな収益源となる可能性、そして企業の社会貢献イメージ向上に繋がることを、既存部門の幹部向けに繰り返し説明会を実施しました。経営層からもドローン配送事業の戦略的重要性が発信されました。
- 既存アセット活用: ドローンが着陸可能な小規模拠点の提供や、既存の配送データ提供といった、既存部門にとって比較的負担の少ない協力項目から開始しました。
- 共同実証実験: 小規模なエリアで共同実証実験を実施。既存部門の若手メンバーも参加させ、ドローン配送の可能性や課題を肌で感じてもらう機会を創出しました。この中で、ドローンが既存配送網では困難な山間部への配送に有効であることを、データと現場体験を通じて共有しました。
- 成功の可視化: 実証実験で住民から感謝の声が多数寄せられたことや、メディアに取り上げられたことを社内報や説明会で共有し、既存部門のメンバーの貢献が社会的なインパクトに繋がっていることを可視化しました。
これらの粘り強い取り組みの結果、既存物流部門内に新規事業への理解と協力ムードが生まれ、本格的な事業展開において、拠点網の活用や現場スタッフのオペレーションノウハウ提供といった重要な協力が得られるようになりました。これは、社会課題解決という高い目標を共有しつつ、既存部門の懸念を解消し、彼らの貢献を可視化することで、組織全体を巻き込むことに成功した事例と言えます。
まとめ:社内連携は事業成功の生命線
大手企業における社会課題解決ビジネスの推進は、革新的なアイデアだけでなく、それを組織全体で支える体制があってこそ実現します。特に、豊富なアセットと知見を持つ既存事業部門との連携・巻き込みは、事業の持続可能性やスケールアップに不可欠な生命線です。
共通目的の共有、早期からの対話、Win-Winの関係構築、そして粘り強いコミュニケーションといった戦略的なアプローチを通じて、既存部門を単なる傍観者ではなく、共に社会課題解決に挑む「共創者」へと変えていくことが求められます。新規事業開発担当者には、これらの社内連携を円滑に進めるための高いコミュニケーション能力と組織を理解する力が不可欠と言えるでしょう。