企業社会課題解決事業 資金確保に向けた社内戦略
社会課題解決事業における資金確保の重要性
企業が社会課題解決を目的とした新規事業を立ち上げる際、優れたアイデアや明確な社会的目標を持つことはもちろん重要ですが、事業を持続可能な形で推進するためには、安定した資金確保が不可欠です。特に大手企業においては、社内からの資金獲得が事業実現の第一歩となることが少なくありません。従来の事業開発とは異なる評価軸が求められることもあり、社内関係者、特に経営層からの理解と承認、そして予算の獲得には、戦略的なアプローチが求められます。
本記事では、社会課題解決事業を社内で立ち上げ、資金を確保するための具体的な戦略と、推進者が押さえるべきポイントについて解説します。
なぜ社内資金確保の戦略が重要なのか
社会課題解決事業は、時に短期間での大きな収益が見込みにくい、あるいは従来の事業ポートフォリオとは異なる性質を持つことがあります。そのため、社内においては「本当にビジネスになるのか」「社会的貢献はCSR部門の領域ではないのか」といった疑問や懸念が生じやすい傾向があります。
このような背景から、事業の意義や将来性を社内に正確に伝え、共感を得るためには、単に事業計画を提出するだけでなく、明確な資金確保戦略と、それを支える社内コミュニケーション戦略が必要となるのです。社内からの理解と資金を得ることは、その後の外部資金調達や連携においても、事業の信頼性を高める基盤となります。
社内資金確保に向けた具体的なステップ
社会課題解決事業の資金を社内から確保するためには、以下のステップで戦略を構築し、実行していくことが有効です。
1. 事業の「二重の価値」を明確に定義する
社会課題解決事業は、社会的価値と経済的価値の双方を追求します。この「二重の価値(CSV: Creating Shared Valueの考え方など)」を、社内関係者が理解できる言葉で明確に定義することが最初のステップです。
- 社会的価値: どのような社会課題を、どの程度解決するのか。具体的なインパクト(解決される人数、改善される環境など)を可能な限り定量的に示す。
- 経済的価値: 事業を通じて、企業にどのような経済的リターンをもたらすのか。売上、利益だけでなく、新たな市場創造、ブランド価値向上、人材獲得・定着、リスク低減など、広範な視点での貢献可能性を示す。
特に経済的価値の説明においては、短期的な利益だけでなく、長期的な視点での持続可能な収益モデルや、既存事業とのシナジー、将来的な成長ポテンシャルを丁寧に説明することが重要です。
2. 主要な社内ステークホルダーを特定し、個別のコミュニケーション戦略を立てる
経営層、財務部門、法務部門、広報部門、関連事業部など、事業の承認や推進に関わる主要な社内ステークホルダーを特定します。そして、それぞれの部門や個人の関心事、懸念点を事前に把握し、それに合わせたコミュニケーション戦略を立てます。
- 経営層: 企業のビジョン、成長戦略、リスク管理、長期的な企業価値向上といった視点からの説明が効果的です。社会貢献とビジネスの両立がいかに企業のレジリエンスを高め、新たな競争優位性となりうるかを伝えます。
- 財務部門: 費用対効果、投資回収期間、将来的な収益性、リスクに対する財務的健全性といった視点からの説明が中心となります。従来のROI評価に加え、SROI(社会的投資収益率)などの概念も引き合いに出しつつ、事業の経済合理性を論理的に説明します。
- 法務部門: パートナーシップ契約のリスク、コンプライアンス、知的財産権などに関する懸念に対応します。
- 広報部門: 事業の社会的な意義やインパクトが、どのように企業ブランドやレピュテーションの向上に貢献するかを共有します。
各ステークホルダーに対し、一方的な説明ではなく、彼らの視点を取り入れた資料作成や対話を行うことで、共感と協力を引き出しやすくなります。
3. 費用対効果とリスク低減策を具体的に提示する
財務部門や経営層を説得するためには、投資に対するリターン(経済的・社会的双方)と、事業に伴うリスクおよびその対策を具体的に示すことが不可欠です。
- 段階的な予算要求: 初期段階では、調査費用、プロトタイプ開発費用、小規模な実証実験(PoC: Proof of Concept)にかかる費用など、必要最小限の予算を要求します。スモールスタートでリスクを抑えつつ、成果を出すことで、次の段階への投資を呼び込みます。
- リスクマネジメント計画: 事業遂行上のリスク(例:技術的な課題、パートナーとの連携問題、対象とする社会課題の変化、予期せぬコスト増など)を洗い出し、それぞれの発生確率、影響度、そして具体的な対応策(リスクヘッジ、コンティンジェンシープラン)を提示します。これにより、経営層の懸念を払拭し、計画の実行可能性を示すことができます。
- 撤退基準の設定: 万が一、事業が計画通りに進まなかった場合の撤退基準(例:〇年後の社会的インパクトが〇%未満の場合、収益性が〇を下回る場合など)を事前に定めておくことも、リスク管理の観点から評価されます。
4. 社内リソースの活用と外部リソースとの連携設計
既に社内にあるリソース(人材、技術、設備、顧客基盤、ブランド力など)を最大限に活用することで、外部への資金支出を抑え、事業の効率性を高める計画を示します。また、不足する部分を補うために、NPO、大学、スタートアップなどの外部パートナーとどのように連携し、リソースを補完していくのかを具体的に設計します。
外部パートナーとの連携においては、単なる資金提供や委託関係ではなく、対等な立場で共に価値を創造する「共創」の視点を持つことが、持続可能性を高める上で重要です。それぞれの強みを持ち寄り、役割分担と成果配分に関する基本的な考え方を社内で共有しておきます。
5. 他社事例や社会トレンドを論拠とする
自社の取り組みが、社会全体のトレンドや、他の先進的な企業が既に注力している領域であることを示すことも、社内説得において有効です。
- 成功事例の紹介: 同業他社や異業種の成功事例を分析し、自社の事業がどのように社会課題解決とビジネス成長の両立を実現しうるかを論理的に説明します。ただし、表面的な紹介に留まらず、その成功要因や背景を深く掘り下げて伝える必要があります。
- 社会トレンドとの関連: SDGs、ESG投資、サステナブル経営といった世界的な潮流の中で、自社の事業がどのような位置づけにあるのかを示し、事業の推進が企業の将来的な競争力強化や社会的責任の遂行に不可欠であることを訴えます。
6. 説得力を高めるプレゼンテーション
練り上げた戦略と計画を、社内関係者に分かりやすく伝えるためのプレゼンテーション能力も重要です。
- シンプルかつロジカルに: 複雑な内容も、핵심を突いたシンプルなメッセージで伝えます。論理的な構成で、聞き手が納得できるよう段階的に説明します。
- パッションとデータ: 事業にかける熱意を伝えるとともに、社会的インパクト、経済的効果、市場性に関するデータや定量的な予測を提示し、感情論だけでなく客観的な根拠に基づいた説明を行います。
- 質疑応答への準備: 想定される質問に対する回答を事前に準備し、誠実かつ具体的に対応します。
まとめ:信頼構築と継続的なコミュニケーション
社会課題解決事業の社内資金確保は、一度きりのプロセスではありません。事業の進捗に応じて、関係各部門への報告、新たな課題の共有、次なるステップへの予算要求など、継続的なコミュニケーションが必要です。
事業の透明性を保ち、計画通りに進捗していること、あるいは計画からの変更点とその理由をタイムリーに共有することで、社内からの信頼は徐々に構築されていきます。そして、初期の実績を積み重ねることが、将来的な大規模投資や全社的なコミットメントを引き出すための最大の推進力となるでしょう。
社会課題解決事業を成功させるためには、外部との連携はもちろんですが、まず自社の足元である社内基盤を固めることが極めて重要です。本記事で述べた戦略が、皆様の事業推進の一助となれば幸いです。