社会課題解決事業 社内稟議突破 論点整理と説得術
はじめに
企業が社会課題解決を志向する新規事業を立ち上げる際、避けて通れないプロセスが社内での承認、特に経営層への稟議です。従来の事業提案とは異なり、「社会性」という要素が含まれるため、その評価軸や期待されるリターンについて、経営層を含む社内関係者の理解を得ることは容易ではありません。経済合理性だけでなく、社会的インパクトをどのように位置づけ、事業の持続可能性と両立させていくのか。この点を論理的に、かつ説得力をもって示すことが、承認獲得の鍵となります。
本稿では、社会課題解決事業の社内稟議プロセスにおいて直面しやすい特有の課題を掘り下げつつ、経営層を納得させるための論点整理と、効果的な説得術について実践的な視点から解説します。
なぜ社会課題解決事業の社内承認は難しいのか
社会課題解決事業の社内承認が難しい背景には、いくつかの要因があります。
- 従来の事業評価基準との違い: 多くの企業において、新規事業の評価は主に市場規模、売上・利益成長率、投資回収期間といった経済的指標が中心です。社会課題解決事業は、これらに加え「社会的インパクト」という要素が重要となりますが、その定義、測定、評価方法が社内で確立されていない場合が多く、従来の基準に馴染まない点が理解を難しくします。
- 不確実性とリスクの評価の難しさ: 社会課題は複雑であり、事業の成果が社会にどのような影響を与えるか、またその影響がどの程度になるかを事前に予測することは困難を伴います。また、NPOや行政など多様な外部ステークホルダーとの連携が必要になるケースが多く、関係性の構築や維持に伴うリスク評価も複雑になりがちです。
- 長期的な視点と短期的な成果への期待のギャップ: 社会課題の解決には、多くの場合、中長期的な取り組みが必要です。しかし、企業経営においては短期的な業績や成果が重視される傾向があり、長期的な投資となる社会課題解決事業への理解を得るには、粘り強い説明が求められます。
- 社内関係者の理解度や関心度の違い: 社会課題やその解決に向けたビジネスに対する社内メンバー、特に経営層の理解度や関心は一様ではありません。事業提案者が持つ課題意識やビジョンを、組織全体で共有・共感してもらうための働きかけが不可欠です。
これらの要因を踏まえ、稟議においては、事業の「社会性」を従来のビジネスロジックと整合させ、経営層が理解・評価できる形で示す工夫が求められます。
稟議書に盛り込むべき「社会性」をビジネスとして示す論点
社会課題解決事業の稟議書では、単に「良いことだからやる」という感情論ではなく、ビジネスとしての持続可能性と成長性、そして企業にもたらす価値を明確に示す必要があります。特に「社会性」をビジネスの重要な構成要素として位置づけ、以下の論点を整理することが重要です。
- 解決する社会課題の明確化と規模感:
- どのような社会課題を対象とするのか、その課題の現状、影響を受ける人々の数、その課題が放置された場合の影響などを具体的に示します。
- この課題解決が、ターゲット市場の創出や拡大、新たな顧客層の獲得にどう繋がるかを示唆します。
- 事業が創出する「社会的インパクト」の定義と目標:
- 事業活動を通じて、対象とする社会課題にどのような変化(アウトカム)をもたらすのか、その変化は誰にとって、どのように測定できるのかを具体的に定義します。(例:「高齢者の〇〇率を〇〇%改善」「未就学児の〇〇機会を年間〇〇回提供」など)
- これらの社会的インパクトが、最終的に企業価値向上(ブランドイメージ向上、従業員エンゲージメント向上、新たな技術開発への貢献など)にどう貢献するかを繋げて説明します。
- 社会的インパクトと経済的インパクトの関連付け(CSVの視点):
- 事業が生み出す社会的価値が、どのように収益創出、コスト削減、リスク回避、競争力強化といった経済的価値に結びつくのかを説明します。マイケル・ポーター教授らが提唱する「共通価値の創造(Creating Shared Value: CSV)」の考え方を参考に、社会課題解決そのものがビジネス機会であるという論点を強化します。
- 事業活動が社会・環境に与える潜在的な負の影響(リスク)についても正直に評価し、それに対する緩和策や回避策を示すことで、経営層の懸念払拭に努めます。
- ステークホルダーとの連携による事業への貢献:
- NPO、行政、地域コミュニティ、受益者など、多様な外部ステークホルダーとの連携が、事業の成功に不可欠であることを説明します。
- それぞれのステークホルダーが事業に提供する価値(専門知識、ネットワーク、現場の知見、信頼性など)と、事業がステークホルダーにもたらすメリット(新たな連携機会、資源の獲得、課題解決の加速など)を明確にし、単なる寄付やCSR活動とは異なる、事業上の戦略的な関係であることを強調します。
- 社会的インパクトの測定・評価方法と開示:
- 事業の社会的インパクトをどのように測定し、評価していくのか、具体的な方法論や指標(KPI)を提示します。事業の進捗を管理し、必要に応じて改善を行うための重要な手段であることを説明します。
- 測定結果を社内外にどのように開示していくか(例:統合報告書、ウェブサイト、IR資料など)を示すことで、説明責任を果たし、企業価値向上に繋げる意思があることを伝えます。
これらの論点を、事業計画全体のストーリーの中に自然に組み込み、経済性と社会性の両立が絵空事ではないことを示すことが重要です。
経営層を説得するための「説得術」実践ポイント
稟議書の内容が固まったとしても、それを経営層に効果的に伝える「説得術」がなければ承認は得られません。以下にいくつかの実践ポイントを挙げます。
- ターゲットとなる経営層の関心や価値観の理解: 経営層一人ひとりが持つバックグラウンド、現在の経営課題への関心、重視する価値観(例:リスク回避、成長戦略、企業イメージ向上、特定の社会課題への個人的関心など)を事前に把握し、それに合わせてメッセージを調整します。
- 数字を用いた客観的な説明: 定性的な「社会貢献」の話だけでなく、市場規模、ターゲット人口、収益見込み、必要コスト、投資回収期間といったビジネス上の数字は必須です。加えて、想定される社会的インパクトも可能な限り定量的な指標で示し、「この事業が社会にこれだけの良い変化をもたらす」という点を明確に伝えます。
- 既存事業とのシナジーや企業ブランド向上への貢献の強調: 新規事業単体での価値だけでなく、それが企業の既存事業やブランドイメージ、採用活動、従業員のモチベーションといった他の要素にどのように良い影響を与えるのかを具体的に説明します。全社戦略や中期経営計画における位置づけを明確にすることも効果的です。
- 具体的な事例の活用:
- 他社成功事例: 同業他社や先進的な企業が社会課題解決事業で成果を上げている具体的な事例(可能であれば数字も)を示し、市場性や実現可能性の根拠とします。
- 自社のパイロットプロジェクト成果: 小規模でも既に実施したパイロットプロジェクトがあれば、その成果(社会的・経済的両面)やそこから得られた示唆を具体的に示し、不確実性低減と実現可能性の証拠とします。
- リスクに対する現実的な対応策と撤退基準の提示: 新規事業にはリスクが伴います。考えられる主要なリスク(市場リスク、開発リスク、パートナーリスク、法規制リスクなど)を正直に挙げ、それぞれに対する具体的な対応策(リスクヘッジ策、バックアッププランなど)を提示します。また、どのような状況になれば事業からの撤退を検討するのか、その基準を明確に示すことで、経営層のリスクへの懸念を和らげます。
- 質疑応答への徹底した準備: 経営層からのあらゆる質問(ビジネスモデルの詳細、収益性、社会的インパクトの妥当性、競合、リスク、連携体制など)を想定し、それに対する明確かつ論理的な回答を準備しておきます。特に、社会課題解決事業特有の質問(例:「それは本当にビジネスなのか?」「単なる慈善活動ではないのか?」「儲からなかったらどうするのか?」)に対する回答は入念に準備します。
- 稟議に至るまでの根回しと関係者育成: 稟議は最終承認の場であり、そこで初めて経営層が事業内容を知るという状況は避けるべきです。事前に主要な経営メンバーや関係部署のキーパーソンに対して、事業の構想や重要性を個別に説明し、理解と賛同を得ておく「根回し」が非常に重要です。社内に事業の「応援団」を育成する意識を持つことも有効です。
これらの「説得術」は、単なるプレゼンテーションスキルに留まらず、事業計画そのものを磨き上げ、あらゆる角度からの質問に耐えうる論理武装を行うプロセスでもあります。
稟議プロセスを円滑に進めるための準備と進め方
効果的な稟議と説得のためには、事前の準備とプロセスの理解が不可欠です。
- 必要なデータ・情報の収集と分析:
- 対象とする社会課題に関する深い理解(統計データ、関連する政策、先行研究、当事者の声など)
- 市場規模、成長予測、競合分析(類似のビジネスモデル、NPOの活動なども含む)
- 関連する法規制や制度、補助金等の情報
- 潜在的なパートナーに関する情報(専門性、実績、リソース、信頼性など) これらの情報は、事業の妥当性や実現可能性を示す強力な根拠となります。
- 関係部署との連携と事前調整: 法務(契約、許認可)、広報(ブランディング、コミュニケーション)、財務(予算、収益計算)、関連事業部門(シナジー、リソース提供)など、事業に関わる可能性のある部署とは、計画の初期段階から連携を取り、情報を共有し、懸念点を事前に解消しておくことが円滑な稟議につながります。
- 事業計画の段階的な承認プロセス設計: 一度で全ての承認を得るのではなく、コンセプト承認、フィージビリティスタディ(FS)実施承認、パイロットプロジェクト承認、そして本格実施承認、といった段階的な承認プロセスを設計することも有効です。これにより、リスクを分散し、各段階での具体的な成果をもって次の承認に進むことができます。
- 社内でのプレゼンテーションの構成と伝え方の工夫: 稟議の場でプレゼンテーションを行う場合は、聞き手である経営層の立場や関心事を常に意識し、簡潔かつ論理的に要点を伝えます。ビジュアル資料(グラフ、図解、写真など)を効果的に活用し、事業のイメージや社会的インパクトを分かりやすく示す工夫も重要です。
まとめ
社会課題解決事業の社内稟議は、経済合理性と社会性の両立という、従来のビジネス慣行にはなかった新たな軸での説明を求められる挑戦的なプロセスです。しかし、それは同時に、事業の核にある社会的意義を深く掘り下げ、ビジネスとしての持続可能性を徹底的に検証する機会でもあります。
本稿で述べた論点整理と説得術を参考に、解決したい社会課題への情熱を、経営層が納得する論理と数字、そして企業価値向上への明確な貢献を示す計画へと昇華させてください。適切な準備と戦略的なコミュニケーションによって、あなたの社会課題解決事業が社内で承認され、実現されることを願っています。