社会課題解決事業 ビジネス・社会価値指標 統合測定の要諦
はじめに:なぜビジネス指標と社会価値指標の統合測定が必要か
企業が社会課題解決を目的とした新規事業を推進する際、単に経済的な成功を目指すだけではなく、創出する社会的な価値も同時に追求することが求められます。これは、企業の新たな成長ドライバーとしてだけでなく、社会の一員としての責任を果たす上でも不可欠な視点です。
特に新規事業担当者の方々にとっては、この「社会的な価値」をいかに測定し、経済的な指標と合わせて社内外に説明・報告できるかが、事業の継続性や規模拡大、そして社内関係者(特に経営層)からの継続的な承認・予算確保にとって重要な鍵となります。抽象的な「社会貢献」に終わらせず、具体的な成果として示すためには、ビジネス指標と社会価値指標を統合的に測定・管理する仕組みの構築が不可欠です。
本稿では、社会課題解決事業における指標設計の基本的な考え方から、具体的な測定・管理の方法、そしてその結果をどのように活用するかについて、実践的な視点から解説いたします。
指標設計の考え方:ロジックモデルとKPI/KGI
社会課題解決事業の指標を設計する上で、最初に検討すべきフレームワークの一つが「ロジックモデル」です。ロジックモデルは、事業の投入資源(Input)から、活動(Activity)、直接的な成果(Output)、短期的な成果(Outcome)、そして最終的な長期的な社会的変化(Impact)までを因果関係で結びつけることで、事業全体の構造と目指す変化の道筋を明確にするツールです。
このロジックモデルを構築することで、「どのような活動が、どのような短期的な成果を生み出し、最終的にどのような社会的変化につながるのか」という因果の連鎖を可視化できます。このプロセスを通じて、測定すべき重要な指標が自然と見えてきます。
次に、明確になった指標候補の中から、事業の目標達成度を測るための重要業績評価指標(KPI: Key Performance Indicator)や最終目標指標(KGI: Key Goal Indicator)を設定します。KPI/KGIは、ビジネス側面と社会価値側面の両方から設定することが重要です。
経済的側面の指標例:
- 売上高、利益率
- 顧客獲得数、継続率
- 市場シェア
- コスト削減率
- 投資回収期間(ROI)
社会価値側面の指標例:
- サービス受益者の数、リーチ
- 受益者の状況変化(例:スキル向上、健康状態改善、収入増加など)
- 環境負荷低減量(CO2削減量、廃棄物削減量など)
- 関連する社会課題の改善度合い(定性的・定量的評価)
- ステークホルダーのエンゲージメント度、満足度
これらの指標は、ロジックモデルの各段階(Output, Outcome, Impact)に対応するように設定することで、事業活動がどのように経済的価値と社会的価値の両方を創出しているかを追跡できるようになります。
データ収集と分析の方法
指標が設定できたら、次にそれらを測定するための具体的なデータ収集方法を検討します。データ収集には、既存の社内データや公開データを利用する方法と、事業活動を通じて新たにデータを収集する方法があります。
データ収集方法例:
- 既存データ: 顧客データベース、販売データ、財務データ、社員情報など
- 新規データ(定量): サービス利用記録、アンケート調査(スケール調査、頻度測定など)、直接的な測定(CO2濃度、水質など)、センサーデータ
- 新規データ(定性): インタビュー調査、フォーカスグループ、観察記録、ケーススタディ
社会価値に関するデータは、経済データに比べて収集が難しい場合があります。特にOutcomeやImpactといった人々の行動や状況、あるいは社会全体の変化を捉えるには、専門的な調査設計や手法が必要になることもあります。外部の専門機関(NPO、大学、シンクタンクなど)との連携も有効な手段となり得ます。
収集したデータは、目的に応じて適切に分析します。単に数値を集計するだけでなく、設定したロジックモデルの因果関係を検証したり、指標間の相関関係を分析したりすることで、事業活動と成果の関係性をより深く理解できます。
分析ツール例:
- 表計算ソフト(Excel, Google Sheetsなど)
- 統計解析ソフト(R, Python, SPSSなど)
- ビジネスインテリジェンス(BI)ツール(Tableau, Power BIなど)
- 社会インパクト評価専用ツール(SROI計算ツールなど、限定的だが存在)
定量データと定性データを組み合わせた分析(ミックス法)を行うことで、数値だけでは見えにくい、人々のリアルな変化や事業の本質的な影響を捉えることができます。
統合的な測定・管理の実行
設定した指標に基づいて継続的にデータを収集・分析するためには、測定・管理体制を構築することが重要です。担当者の役割分担を明確にし、定期的なデータ収集・分析のサイクルを確立します。
収集・分析した結果は、社内の関係者(経営層、関連部門、現場担当者など)や外部ステークホルダー(サービス受益者、地域社会、NPOパートナー、投資家など)に対して、分かりやすい形で共有することが求められます。
共有方法例:
- 社内: 定例会議での報告、社内ダッシュボードの活用、イントラネットでの情報共有
- 社外: ウェブサイトでの公開、CSR/サステナビリティレポートへの掲載、説明会やイベントでの報告、個別ステークホルダーへの報告書提出
特に社内向けには、経済指標と社会価値指標を同じダッシュボードやレポートで可視化し、両者がどのように関連しているかを示すことが、事業の意義や貢献度を理解してもらう上で効果的です。これにより、「社会貢献はコストではなく、事業価値の一部である」という認識を醸成しやすくなります。
測定結果の活用:事業改善と関係者説得のために
測定・管理から得られた結果は、単に報告のためだけでなく、事業そのものを改善し、推進力を高めるために積極的に活用すべきです。
測定結果の活用例:
- 事業改善: 成果が出ていない活動の見直し、より効果的なアプローチへの変更、リソース配分の最適化
- 社内承認・予算獲得: 定量的な成果を示すことで、事業の有効性や将来性を論理的に説明し、経営層や関係部署からの理解・支持を得る
- 外部連携強化: NPOや行政などのパートナーに対し、事業の進捗と成果を共有し、信頼関係を構築する
- 資金調達: 投資家や助成団体に対し、社会的リターンと経済的リターンの両面をアピールし、資金調達の可能性を高める
- ブランディング・広報: 事業の成果を対外的に発信することで、企業のブランドイメージ向上やステークホルダーからの評価獲得につなげる
特に新規事業担当者にとっては、具体的な成果データは、社内稟議や関係部署との調整において、最も強力な武器の一つとなります。「社会のために良いことだから」という理念的な訴えに加え、「この活動は○%の効率で社会課題を改善し、同時に経済的指標も○%向上させている」といった具体的なデータを提示することで、議論の土台を事実に基づいたものとし、説得力を格段に高めることができます。
まとめ:持続可能な事業推進のために
社会課題解決事業を成功させ、持続可能なものとするためには、ビジネス指標と社会価値指標を統合的に捉え、継続的に測定・管理することが不可欠です。
ロジックモデルを活用した体系的な指標設計、定量・定性データを組み合わせた多角的なデータ収集・分析、そしてその結果の透明性のある共有は、事業の現状を正確に把握し、改善点を見出し、そして何よりも事業の持つ経済的および社会的な価値を社内外に示すための強力な基盤となります。
測定・管理は手間のかかるプロセスではありますが、これなくしては事業の真のインパクトを把握することはできません。本稿で述べた考え方や手法を参考に、皆様の社会課題解決事業における測定・管理体制の構築を進めていただければ幸いです。