企業社会貢献実践ノート

社会課題解決事業 社会価値・経済価値両立のビジネスモデル設計

Tags: 社会課題解決, ビジネスモデル, CSV, 価値創造, 事業設計, 新規事業

社会課題解決事業におけるビジネスモデル設計の重要性

近年、企業が社会課題解決を事業の中核に据える動きが加速しています。これは単なる社会貢献活動に留まらず、新たな市場創造や企業価値向上に繋がる重要な経営戦略として認識されつつあります。しかし、社会課題解決事業を成功させるためには、従来のビジネスモデル設計に加え、「社会的価値」の創出と「経済的価値」の創出をいかに両立させるかが鍵となります。

社会的価値のみを追求すれば事業としての持続性が困難になりがちであり、経済的価値のみを優先すれば社会課題解決の本質から外れてしまうリスクがあります。この二つの価値を統合的に捉え、持続可能な形で事業を展開するためのビジネスモデル設計は、新規事業開発担当者にとって最も重要な検討事項の一つと言えるでしょう。本稿では、社会課題解決事業における、社会的価値と経済的価値を両立させるためのビジネスモデル設計の考え方と具体的なステップについて解説します。

なぜ社会的価値と経済的価値の両立が重要なのか

社会課題解決事業において、なぜ社会的価値と経済的価値の両立、すなわち「共通価値の創造(CSV: Creating Shared Value)」の視点が不可欠なのでしょうか。

第一に、事業の持続可能性を確保するためです。助成金や寄付に依存するだけでは、事業の規模拡大や継続的な運営は困難です。経済的なリターンが見込めるビジネスモデルを構築することで、自立的な資金循環を生み出し、社会課題解決への取り組みを長期的に継続することが可能となります。

第二に、社内外のステークホルダーからの理解と協力を得るためです。特に営利企業において、経営層や従業員、株主に対して事業の意義を説明し、リソースを獲得するためには、その社会的意義だけでなく、事業としての成長性や収益性を示す必要があります。社会的インパクトと同時に経済的インパクトも追求する姿勢は、より幅広い支持を得るための重要な要素となります。

第三に、新たなイノベーションの源泉となるためです。社会課題の解決は、従来のビジネスモデルでは対応できない複雑な課題を伴うことが多く、これが技術、サービス、プロセスなどにおける革新を促します。社会的ニーズの深掘りは、競争優位性を確立し、経済的価値を高める新たな機会を生み出します。

両価値を両立するビジネスモデル設計の基本

社会的価値と経済的価値を両立するビジネスモデルを設計する上で、以下の基本要素を明確に定義することが出発点となります。ビジネスモデルキャンバスなどのフレームワークを活用し、これらの要素を視覚化すると理解が深まります。

  1. 価値提案(Value Proposition):

    • ターゲットとする顧客(受益者を含む)に対して、どのような社会的価値と経済的価値を提供するのかを明確にします。
    • 社会課題をどのように解決するのか、その解決策はターゲットにとってどのようなメリット(利便性、コスト削減、QOL向上など)をもたらすのかを具体的に記述します。
    • 例:高齢者の移動困難という社会課題に対し、オンデマンド配車サービス(社会的価値)を提供しつつ、利用者には安価な運賃と利便性(経済的価値)、自治体には公共交通コスト削減(経済的価値)を提案する。
  2. 顧客セグメント(Customer Segments)と受益者(Beneficiaries):

    • 誰がサービスの利用者(顧客)となり、誰が社会課題解決によって恩恵を受けるのか(受益者)を明確にします。顧客と受益者が異なる場合がある(例:サービス利用者は自治体、受益者は高齢者)ため、それぞれのニーズと関心事を理解することが重要です。
    • 経済的価値を支払う顧客と、社会的価値を享受する受益者の双方に対して、どのようにアプローチし、関係性を構築するかを検討します。
  3. 主要活動(Key Activities)と主要リソース(Key Resources):

    • 価値提案を実現するために不可欠な主要な活動(開発、製造、マーケティング、サービス提供など)と、それに必要なリソース(人材、技術、資金、情報、ブランド力など)を特定します。
    • 社会的価値を創出するための活動(例:地域住民との協働、環境負荷低減技術の開発)と、経済的価値を創出するための活動(例:販売チャネル構築、効率的な運営体制)の両面から洗い出します。
  4. 収益の流れ(Revenue Streams)とコスト構造(Cost Structure):

    • 事業がどのように収益を生み出すのか(販売、サービス利用料、ライセンス、広告など)を具体的に設計します。社会的価値に紐づいた新たな収益源(例:環境配慮型製品へのプレミアム価格設定、社会的成果連動型支払)も検討します。
    • 事業運営にかかる主要なコスト(人件費、開発費、マーケティング費、原材料費など)を把握し、特に社会的価値創出に関連するコスト(例:フェアトレード原料の購入、従業員の福祉向上)と経済的効率性を両立させる方法を模索します。

両価値を両立するための具体的な設計プロセス・考慮ポイント

上記の基本要素を踏まえ、両価値を両立するビジネスモデルを具体的に設計・検証するためのステップと考慮ポイントを示します。

ステップ1:社会課題とターゲットの深い理解

表面的な課題だけでなく、その根本原因、影響範囲、関連するステークホルダー(個人、コミュニティ、行政、NPOなど)を多角的に分析します。ターゲットとなる受益者だけでなく、経済的価値の担い手となる顧客のニーズ、支払い意思、既存の選択肢などを深く理解することが、実現性の高いビジネスモデルの基盤となります。フィールドワークやインタビューなどを通じた定性的な情報収集が有効です。

ステップ2:社会的価値と経済的価値の明確な定義とリンケージ

事業が創出する社会的価値(例:貧困削減、健康寿命延伸、環境負荷低減など)を具体的に定義し、その測定可能な指標(KPI)を設定します。同時に、その社会的価値がどのように経済的価値(例:新規顧客獲得、ブランドイメージ向上、コスト削減、新たな収益源)に結びつくのか、論理的な繋がり(リンケージ)を明確に記述します。CSVの考え方に基づき、社会課題解決が企業の競争力強化に繋がるメカニズムを設計することが重要です。

ステップ3:ユニークな価値提案の設計

定義した社会課題とターゲットニーズに対し、競合や既存の解決策にはない、自社ならではの強みを活かした価値提案を構築します。特に、社会課題解決と経済的リターンの両方を同時に実現するような、革新的なアプローチを検討します。例えば、製品・サービス自体の設計に社会的価値を組み込む(例:耐久性が高く修理可能なデザイン、省エネルギー機能)、バリューチェーン全体で社会課題に配慮する(例:サプライヤーの労働環境改善、環境負荷の低い物流)といった視点を取り入れます。

ステップ4:多様なステークホルダーとの連携モデル構築

社会課題は複雑であり、企業単独での解決は困難です。NPO、行政、大学、地域住民、受益者団体など、多様なステークホルダーとの連携が不可欠となります。ビジネスモデルの中に、これらのステークホルダーとの関わり方、それぞれの役割、連携による価値(社会的・経済的双方)を明確に位置づけます。共同開発、協働運営、情報共有プラットフォームの構築などが考えられます。

ステップ5:収益モデルとコスト構造の整合性検証

設計した価値提案とステークホルダー連携を踏まえ、収益モデルとコスト構造を具体的に計算し、事業としての成立可能性を検証します。社会的価値創出のための活動やリソース(例:受益者へのサポートコスト、環境技術への投資)がコストにどう影響するか、またそれが収益にどう結びつくかを詳細に分析します。必要に応じて、社会的成果に応じたインセンティブ設計(例:成果連動型契約)や、異なる顧客セグメントからの多角的な収益確保(例:BtoCサービスに加え、BtoBでのノウハウ提供)も検討します。

ステップ6:社会的インパクト評価の組み込み

事業活動がどのような社会的インパクトを生み出すのかを定期的に測定・評価する仕組みをビジネスモデルに組み込みます。これは、事業の進捗を管理し、改善点を見つけるためだけでなく、ステークホルダーへの説明責任を果たし、さらなる資金獲得や連携強化に繋がる重要な要素です。ロジックモデルの構築や、IRiSなどのフレームワークを参照し、適切な指標を設定します。

社内承認・説得に向けた論点整理

社会課題解決事業のビジネスモデルは、従来の事業モデルとは異なる要素を含むため、社内、特に経営層からの理解と承認を得るには丁寧な説明が必要です。ビジネスモデル設計の成果を説明する際には、以下の点を明確に伝えることが重要です。

まとめ

社会課題解決事業におけるビジネスモデル設計は、単に収益構造をデザインするだけでなく、社会的価値と経済的価値という二つの次元を統合的に捉え、いかに持続可能な形で両方を最大化するかを追求する複雑かつ創造的なプロセスです。本稿で述べた基本要素と設計プロセス、そして社内承認に向けた論点整理は、この挑戦的な事業を成功に導くための重要な羅針盤となるでしょう。

設計は一度行えば終わりではなく、事業の進捗や外部環境の変化に応じて継続的に見直し、改善していく必要があります。社会課題の現場に学び続け、多様なステークホルダーとの対話を重ねながら、社会と企業の双方にとって価値あるビジネスモデルを磨き上げていくことが、社会課題解決事業を成功させる鍵となります。