社会課題解決ビジネス 効果測定・報告 実践の要諦
社会課題解決ビジネスにおける効果測定・報告の重要性
企業が社会課題解決を目的としたビジネス(CSV: Creating Shared Value、共有価値の創造など)を推進するにあたり、その事業が実際にどのような「効果」を生み出しているのかを測定し、関係者に適切に報告することは極めて重要です。これは単なる形式的なものではなく、事業の持続可能性を確保し、さらなる発展へとつなげるための不可欠なプロセスです。
特に大手企業においては、経営層への説明責任、投資家への報告、従業員のエンゲージメント向上、そして社会からの信頼獲得といった多様な目的のために、事業の成果を論理的に説明する必要があります。経済的なリターンだけでなく、目指すべき社会的インパクトが計画通りに、あるいはそれ以上に実現できているのかを明確に示すことが求められます。
この記事では、社会課題解決ビジネスにおける効果測定と報告について、新規事業開発担当者が実践する上で押さえておくべき要諦を解説します。
社会課題解決ビジネスにおける「効果」の捉え方
一般的なビジネスにおける効果測定は主に経済的指標(売上、利益率、投資対効果など)に焦点が当てられますが、社会課題解決ビジネスではこれに加えて「社会的インパクト」という側面が加わります。
- 経済的インパクト: 事業活動が生み出す経済的な成果。売上、利益、雇用創出、サプライヤーへの経済効果など。
- 社会的インパクト: 事業活動が社会や環境にもたらすポジティブおよびネガティブな、意図的および非意図的な変化。例えば、貧困削減、教育機会の向上、環境改善、健康状態の改善など。
これらの効果は、事業のプロセスを追うことで段階的に理解することができます。
- インプット (Input): 事業に投入する資源(資金、人材、技術、物資など)。
- 活動 (Activities): インプットを用いて行われる具体的な行動(研修実施、製品開発、サービス提供など)。
- アウトプット (Outputs): 活動の結果として直接的に生み出されるもの(研修参加者数、開発された製品数、サービス提供回数など)。
- アウトカム (Outcomes): アウトプットがもたらす短期〜中期の変化(研修参加者のスキル向上、製品使用者の満足度向上、サービス利用者の行動変容など)。
- インパクト (Impacts): アウトカムが積み重なることによって生じる長期的な、より広範な変化(貧困率の低下、教育水準の向上、特定疾患の発症率低下など)。
効果測定においては、特にアウトカムとインパクトに焦点を当て、事業が意図した社会的変化をどの程度実現できているかを評価することが重要です。
効果測定の設計:事業開始前から計画する
効果測定は、事業を開始してから慌てて行うものではありません。事業の企画・設計段階から、どのような社会的・経済的効果を目指すのか、そしてそれをどのように測定するのかを計画しておく必要があります。
- 事業の目的と目標の明確化: 事業を通じて解決したい社会課題は何か、それによって具体的にどのような状態を目指すのかを明確にします。この際、単に活動内容ではなく、「誰に」「どのような変化を」もたらすのかというアウトカムやインパクトの視点を持つことが重要です。ロジックモデルなどのフレームワークを活用し、インプットからインパクトまでの因果関係を整理すると効果的です。
- 測定指標(KPI)の設定: 目標達成度を測るための具体的な指標(Key Performance Indicator)を設定します。経済的指標はもちろん、社会的インパクトを示す指標も定量・定性の両面で設定します。
- 定量的指標の例: 事業による雇用創出数、製品・サービスの利用人数、CO2削減量、学校に通えるようになった子供の数、訓練を受けた受益者数、医療サービスへのアクセス改善度合い(受診者数・受診率など)。
- 定性的指標の例: 受益者の声、コミュニティの変化に関する証言、関係者のインタビュー、アンケートによる意識・行動変容。 指標設定にあたっては、「SMART」(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)の原則を意識すると良いでしょう。
- データ収集方法の検討: 設定した指標のデータをどのように収集するかを計画します。
- 既存の社内データ(顧客情報、販売データなど)
- アンケート調査(オンライン、郵送、対面)
- インタビュー(受益者、関係者、専門家)
- 観察調査
- 第三者機関による調査・評価
- テクノロジーの活用(センサーデータ、アプリ利用データなど) データの信頼性と収集コストのバランスを考慮して方法を選択します。ベースラインデータ(事業開始前の状態を示すデータ)の取得も忘れずに行います。
効果測定の実施と分析
計画に基づき、定期的に効果測定を実施します。収集したデータは整理・分析し、事業が計画通りに進んでいるか、意図した効果が生まれているかを確認します。
- データの分析: 収集したデータを統計的に処理したり、定性的な情報を整理したりして、意味のある知見を抽出します。可能であれば、事業を実施しなかった場合と比較する「対照群」を設定したり、他の要因による変化と事業による変化を区別するための分析手法(例: 差分の差分法など)を検討したりすると、より事業の貢献度を明確にできます。
- 予期せぬ効果の発見: ポジティブな効果だけでなく、ネガティブな効果や計画していなかった効果が発生していないかにも注意を払います。これにより、リスクへの対応や新たな機会の発見につながることがあります。
- 事業へのフィードバック: 効果測定の結果は、事業の改善に活用します。計画と実績の乖離の原因を分析し、事業戦略や実行計画の見直しを行います。アジャイル的に小さなサイクルで測定・改善を回すことも有効です。
効果的な報告:誰に、何を、どう伝えるか
効果測定によって得られた知見は、適切な形で社内外の関係者に報告する必要があります。報告の目的や相手に応じて、伝える内容や表現方法を工夫することが重要です。
報告相手別のポイント
- 経営層: 事業の戦略的位置づけ、経済的リターンと社会的インパクトの両立状況、投資対効果、リスクと機会、今後の成長戦略に焦点を当てて報告します。データに基づいた客観的な事実とともに、事業が企業のパーパスや長期的な企業価値向上にどのように貢献するのかを論理的に伝えます。
- 従業員: 事業への理解促進、自身の業務との関連性、社会貢献への実感、エンゲージメント向上を目的とします。具体的な活動内容や受益者の声などを交え、分かりやすく感情にも訴えかけるような報告が有効です。
- 顧客・消費者: 製品・サービスの選択理由や企業への信頼につながるよう、事業の社会的意義や具体的な成果を分かりやすく伝えます。企業のウェブサイト、CSR/CSVレポート、SNS、製品パッケージなど、多様なチャネルを活用します。
- 投資家: 企業のESG(環境・社会・ガバナンス)側面への関心が高まっているため、事業の社会的インパクトが長期的な企業価値やリスク管理にどう貢献するかを説明します。関連する開示フレームワーク(GRI, SASBなど)を参考に報告する形式を検討します。
- NPO/行政/地域住民など: パートナーシップ構築や信頼醸成のため、透明性を持って情報を提供します。共に目指す社会課題の解決に向けて、進捗状況や課題、今後の展望などを共有します。
報告内容と表現の工夫
- 構造化された報告: 報告の目的、事業概要、活動内容、測定結果(経済的・社会的)、成功要因、課題、今後の計画といった構成で整理すると伝わりやすいです。
- データの可視化: 図、グラフ、インフォグラフィックなどを活用し、複雑なデータも直感的に理解できるように工夫します。
- ストーリーテリング: 数字だけでなく、受益者の具体的な事例や変化のストーリーを語ることで、報告内容に深みと共感が生まれます。事業が人々にどのような影響を与えているのかを具体的に示します。
- 社会的インパクト報告のフレームワーク活用: SROI(Social Return on Investment)、GRI (Global Reporting Initiative)、SASB (Sustainability Accounting Standards Board)、または社会インパクト・ナビゲーター認証などの既存フレームワークを参照・活用することで、報告の網羅性や比較可能性を高めることができます。
まとめ:持続可能な事業のための測定・報告サイクル
社会課題解決ビジネスにおける効果測定と報告は、一度行えば完了するものではありません。事業の進行とともに継続的に測定を行い、その結果を分析し、報告を通じて関係者とコミュニケーションを図り、そして事業の改善へとつなげるPDCAサイクルとして捉えるべきです。
正確な効果測定と効果的な報告は、事業の社会的・経済的価値を明確に示し、社内外からの理解と支持を得るための強力なツールとなります。これにより、事業の継続・拡大に必要なリソースや承認を獲得しやすくなり、結果として社会課題解決への貢献をより大きなものにできるでしょう。新規事業開発担当者として、この測定・報告のプロセスを戦略的に計画・実行することが、事業成功の鍵を握ります。