社会課題解決事業成功の鍵 課題深掘りリサーチ設計ポイント
はじめに
企業が社会課題解決ビジネスを推進する際、その成否を分ける最も重要な要素の一つは、対象とする社会課題をどれだけ深く、正確に理解しているかという点です。表面的な理解にとどまらず、課題の根本原因、影響を受けている人々の状況、既存の取り組みやその限界などを詳細に把握することが不可欠となります。
しかし、この「課題深掘り」のプロセスは、通常の新規事業開発における市場調査とは異なるアプローチや視点を必要とします。どのような手法を用いて、どのように情報を収集・分析すれば、事業の成功に繋がる深い洞察(インサイト)を得られるのでしょうか。
本稿では、企業が社会課題解決事業を進めるにあたり、成功の鍵となる課題深掘りのためのリサーチ設計と、具体的な手法やポイントについて解説します。
なぜ社会課題の「深掘り」が必要なのか
社会課題解決ビジネスは、単に製品やサービスを提供するだけでなく、特定の社会的な課題の解決を目指すものです。そのため、対象とする課題に対する理解が浅い場合、以下のようなリスクが生じます。
- 的外れな解決策: 課題の根本原因や当事者の真のニーズを捉えられず、提供するソリューションが役に立たない、あるいはかえって状況を悪化させる可能性があります。
- 事業の持続可能性の欠如: 課題の構造や関連するステークホルダーを理解していないと、収益モデルの構築や、事業継続に必要なパートナーシップ形成が困難になります。
- ステークホルダーからの共感不足: 関係者(課題当事者、支援団体、行政、投資家など)からの信頼や協力を得るためには、課題に対する深い理解と共感が不可欠です。
- 予期せぬリスクの顕在化: 法規制、文化的な側面、既存の慣習など、課題を取り巻く複雑な要因を把握していないと、事業推進中に大きな障壁に直面する可能性があります。
これらのリスクを回避し、真に社会課題解決に貢献し、かつ経済的にも持続可能な事業を構築するためには、徹底した課題深掘りリサーチが不可欠なのです。これは、社内関係者(特に経営層)を説得し、必要なリソースを獲得するためにも、客観的で説得力のある根拠を提示する上で非常に重要になります。
課題深掘りのためのリサーチ設計
課題深掘りリサーチは、単に情報を集めるだけでなく、計画的に設計・実行されるべきです。設計の際には、以下の点を考慮します。
- リサーチ目的の明確化: 何を知るためにリサーチを行うのか。課題の定義、影響範囲、主要な当事者、既存の解決策、根本原因など、具体的な知りたい情報を設定します。
- 対象範囲の設定: どの地域、どの集団、どの側面について深掘りするのか。最初から広げすぎず、焦点を絞ることが重要です。
- リサーチ手法の選定: 量的なアプローチと質的なアプローチをどのように組み合わせるか。それぞれの目的と限界を理解し、最も目的に合致する手法を選定します。
- 情報収集計画の策定: 具体的に誰/どこから情報を得るか、どのようなツール(アンケート、インタビューガイドなど)を使用するか、スケジュール、役割分担などを明確にします。
- 分析・インサイト抽出計画: 収集した情報をどのように整理し、分析し、そこから事業に繋がる洞察(インサイト)を抽出するのか、具体的な手法を検討します。
- 倫理的配慮と同意: 特に課題当事者に関わる情報を扱う場合、プライバシー保護やインフォームド・コンセントなど、倫理的な配慮が不可欠です。
これらの要素を事前に設計することで、効率的かつ質の高いリサーチを実施することが可能となります。
課題深掘りに有効なリサーチ手法
課題深掘りには、多様な手法が存在します。単一の手法に偏らず、複数の手法を組み合わせることで、課題の多角的な側面を理解することができます。
1. 量的な手法
統計データや既存の調査結果など、数値化されたデータを分析するアプローチです。課題の規模、発生頻度、特定の属性における傾向などを客観的に把握するのに適しています。
- 活用例:
- 公的機関(国、自治体)が発表する統計データ(例:高齢化率、貧困率、失業率など)
- 専門機関や研究機関による調査報告書
- 業界団体やシンクタンクのレポート
- 既存の学術研究データ
- ポイント:
- データの出典や信頼性を確認する。
- 最新のデータを使用するよう努める。
- 単なる数値だけでなく、その背景にある要因を考察する。
- 自社で簡易的な定量調査(オンラインアンケートなど)を実施し、特定の仮説検証に用いることも有効です。
2. 質的な手法
個人の経験、感情、意見、行動の背景などを深く理解するためのアプローチです。課題当事者の生の声や、複雑な人間関係、文化的な側面など、数値では捉えにくい側面に迫ることができます。
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活用例:
- 文献調査: 学術論文、専門書籍、NPO/NGOの活動報告書、関連ニュース記事などを通じて、課題の歴史的背景、既存の議論、先行事例などを深く理解します。信頼できる情報源を選ぶことが重要です。
- 当事者ヒアリング/インタビュー: 課題の影響を受けている人々(受益者)、支援者、専門家、地域住民などに直接話を聞きます。彼らの経験や感情、ニーズ、既存の解決策に対する評価などを深く引き出すことができます。ヒアリングガイドを事前に作成し、オープンな質問を心がけることが重要です。プライバシーへの配慮や、負担をかけない配慮が不可欠です。
- 現場観察/フィールドワーク: 課題が発生している現場や、関連する活動が行われている場所を訪れ、自身の五感を通して状況を観察します。文書や数値からは得られない臨場感や、言葉にならない情報を得られます。地域コミュニティの雰囲気、人々の相互作用、物理的な環境などを注意深く観察します。
- 既存活動への参加: 課題に取り組むNPOや地域団体のイベント、ワークショップ、ボランティア活動などに参加することで、内部からの視点や関係者の熱意、活動の具体的な内容などを肌で感じることができます。
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ポイント:
- リサーチャー自身のバイアスに注意し、客観的な視点を保つよう努める。
- 関係者との信頼関係構築に時間をかける。
- 得られた情報をそのまま受け止めるだけでなく、なぜそうなのか、その背景には何があるのかを深く掘り下げる。
- 議事録やメモを詳細に記録し、後から分析できるように整理する。
複数のリサーチ手法を組み合わせる重要性
量的な手法は課題の全体像や傾向を掴むのに優れていますが、個々の状況や背景にある「なぜ」を理解するには限界があります。一方、質的な手法は個別の深掘りに有効ですが、それが全体としてどの程度の規模や頻度で発生しているかを把握するのは困難です。
したがって、これら複数の手法を組み合わせる「量質ミックスアプローチ」が、社会課題の多面的な理解には最も有効です。例えば、まず量的なデータで課題の規模や範囲を把握し、次に質的な手法(ヒアリング、観察)で当事者の具体的な状況やニーズを深く理解し、さらに得られたインサイトを検証するために再度量的な調査を行う、といった流れが考えられます。
リサーチ結果の分析とインサイト抽出
収集した情報は、そのままでは単なる断片的な情報に過ぎません。これを構造化し、分析することで、事業に繋がる価値ある洞察(インサイト)を抽出します。
- 情報の整理: ヒアリング議事録、観察メモ、収集データなどを種類ごとに整理します。ペルソナがお使いのOfficeツールやプロジェクト管理ツールなどを活用し、体系的に管理することが有効です。
- 共通点・相違点の発見: 複数の情報源や複数の当事者から得られた情報の間で、共通するパターンや、逆に異なる意見・状況を見つけ出します。
- 構造化: 課題の構成要素、原因と結果の関係、関係者間のネットワークなどを図やマトリクスを用いて可視化します。
- インサイト抽出: 整理・分析した情報から、これまで気づかなかった、課題の根本原因、当事者の隠されたニーズ、既存の解決策がうまくいかない理由など、「なるほど」と思えるような深い理解(インサイト)を導き出します。
- 客観性の担保: インサイトがリサーチャーの主観に偏っていないか、複数の情報源で裏付けが取れるかなどを確認します。
リサーチ結果を事業企画に活かす
深掘りリサーチで得られたインサイトは、そのまま事業企画の基盤となります。
- ターゲット設定: 誰が最もこの課題に苦しんでいるのか、どのような属性の人々かなど、課題の当事者を明確に定義します。
- 提供価値の設計: 課題の根本原因や当事者のニーズに基づき、どのような製品やサービス、アプローチが真の解決に繋がるのかを具体的に検討します。
- ビジネスモデルの構築: 誰から収益を得るのか、どのようなリソースが必要か、どのようなパートナーシップが必要かなど、事業の持続可能性を確保するためのモデルを設計します。この際、課題の構造理解が、適切な収益源やコスト構造を検討する上で非常に重要になります。
- 社内説得: リサーチで得られた客観的なデータ(量的情報)と、当事者の生の声や具体的な状況(質的情報)は、社内関係者、特に経営層に対して課題の重要性や事業の必要性を説得するための強力な根拠となります。課題の「解像度」が高いほど、説得力が増します。
まとめ
社会課題解決事業を成功させるためには、対象とする課題の表面だけでなく、その深層にある構造や背景、そして何より当事者の声に真摯に耳を傾ける「課題深掘り」が不可欠です。量的なデータで全体像を捉え、質的な手法で個別の状況や背景を深く理解するという、複数のリサーチ手法を組み合わせたアプローチが有効です。
このリサーチプロセスを通じて得られた深い洞察は、単に良いアイデアを生むだけでなく、事業の持続可能性を高め、社内外からの共感と協力を得るための強固な基盤となります。社会課題解決ビジネスの第一歩として、ぜひ徹底した課題深掘りリサーチを設計し、実行してください。